2023年11月20日掲載
2023年08月15日 (火) 07時00分 発行 第10844号
徳山ダムにより沈んだ櫨原集落!櫨原展望台から見に行ってきました
アーカイブ 過去の情報ですご注意ください最終編集:2023年08月15日 07:06
筆者:かぴばら
日本一の貯水量を誇るダムとして知られる徳山ダムは、2008年に完成しました。その完成とともに沈んだ集落もあったのですが、その中でも昔から気になっていた櫨原展望台を見に行ってきました。
縄文時代より開拓して、生活を営んでいた集落だったそうですが、現在はダム湖の底に眠っています。
(櫨原展望台の位置)
地図で見ますとこのポイントですね。
上の地図上のAのポイントが徳山ダムとなっております
徳山ダムから北側はすごく走りやすい一本道なので、案内などもなく、Googleマップの案内が無いと、思わず通り過ぎてしまいます。
(展望台への入り口)
国道417号と展望台の交差点はこちら。
特別な案内はありません
結構勢いよく走っていると、狭い道で何かの管理道路かと思えてしまいます。
(山道)
遠目から見ると、こんな風に登っていきます。
5ナンバーの普通車の私の車も、少し狭いと思う区間もありますが、登っていけます。
(登道)
この角度から見ると行けそうですよね!
(展望台周辺)
すぐに到着します。
展望台に到着すると、車は数台停められる広さと、休憩所のような所もありますね。
(櫨原望郷之碑)
ちらの碑には全てが記されていますね。
ダム完成前は、59軒の世帯が住まわれていて、現在は移転されていったということです。
しかも、ダム湖になる前は、「櫨原村平遺跡」と呼ばれる場所で、なんと縄文時代の竪穴住居跡が3軒、掘立柱建物跡が1軒も確認されているのです。
縄文時代の土器だけでも約20万点もの出土があり、!特に多く見つかったのは前期後半や後期後葉の土器で、まとまって出土しています。さらに掘立柱建物跡も貴重で、一般の竪穴住居跡と比べて、柱穴の大きさと深さが1m前後とかなり大きく深かったそうです。
縄文時代の生活の一端を垣間見ることができる貴重な場所だったと言えますね。
(展望台からの景色)
残念ながら目の前が何も見えない…。
この先にある徳山ダム湖の中に、集落が沈んでいるのですが、確認ができない状態です。
(唯一見える物)
唯一見えるのは、こちらの橋ですね。
扇谷姫街道橋と言うそうです。
何のために上がったのかと思うほどの状況ですよね!それならばと思い、再度降りて扇谷姫街道橋から確認することにしました。
(扇谷姫街道橋からの景色)
こちらですね。
湖になっている所は、谷になっており、そのまま底の方に石碑で描かれていたように、民家が並んでいた訳ですね。
徳山ダムが建設された事で、この国道417号も立派な道が建設されましたが、ダム工事が始まるまで、ここまで登ってくるにも大変な道ですね。
ということで、前々から気になっていた櫨原展望台へ行ってみました。
地図:→櫨原展望台の地図 (GoogleMAPS)
経度緯度:
世界測地系 北緯:35.43.24.8 東経:136.26.44.2
日本測地系(カーナビ) 北緯:35.43.13.5 東経:136.26.54.7
マップコード:879 188 414*18
縄文時代より開拓して、生活を営んでいた集落だったそうですが、現在はダム湖の底に眠っています。
目次
位置の確認
(櫨原展望台の位置)
地図で見ますとこのポイントですね。
上の地図上のAのポイントが徳山ダムとなっております
徳山ダムから北側はすごく走りやすい一本道なので、案内などもなく、Googleマップの案内が無いと、思わず通り過ぎてしまいます。
展望台まで車で行けます
(展望台への入り口)
国道417号と展望台の交差点はこちら。
特別な案内はありません
結構勢いよく走っていると、狭い道で何かの管理道路かと思えてしまいます。
(山道)
遠目から見ると、こんな風に登っていきます。
5ナンバーの普通車の私の車も、少し狭いと思う区間もありますが、登っていけます。
(登道)
この角度から見ると行けそうですよね!
展望台に到着
(展望台周辺)
すぐに到着します。
展望台に到着すると、車は数台停められる広さと、休憩所のような所もありますね。
(櫨原望郷之碑)
ちらの碑には全てが記されていますね。
ダム完成前は、59軒の世帯が住まわれていて、現在は移転されていったということです。
しかも、ダム湖になる前は、「櫨原村平遺跡」と呼ばれる場所で、なんと縄文時代の竪穴住居跡が3軒、掘立柱建物跡が1軒も確認されているのです。
縄文時代の土器だけでも約20万点もの出土があり、!特に多く見つかったのは前期後半や後期後葉の土器で、まとまって出土しています。さらに掘立柱建物跡も貴重で、一般の竪穴住居跡と比べて、柱穴の大きさと深さが1m前後とかなり大きく深かったそうです。
縄文時代の生活の一端を垣間見ることができる貴重な場所だったと言えますね。
展望台からの景色を確認
(展望台からの景色)
残念ながら目の前が何も見えない…。
この先にある徳山ダム湖の中に、集落が沈んでいるのですが、確認ができない状態です。
(唯一見える物)
唯一見えるのは、こちらの橋ですね。
扇谷姫街道橋と言うそうです。
何のために上がったのかと思うほどの状況ですよね!それならばと思い、再度降りて扇谷姫街道橋から確認することにしました。
扇谷姫街道橋から沈んだ集落を確認
(扇谷姫街道橋からの景色)
こちらですね。
湖になっている所は、谷になっており、そのまま底の方に石碑で描かれていたように、民家が並んでいた訳ですね。
徳山ダムが建設された事で、この国道417号も立派な道が建設されましたが、ダム工事が始まるまで、ここまで登ってくるにも大変な道ですね。
ということで、前々から気になっていた櫨原展望台へ行ってみました。
櫨原展望台
住所: 岐阜県揖斐郡揖斐川町櫨原地図:→櫨原展望台の地図 (GoogleMAPS)
経度緯度:
世界測地系 北緯:35.43.24.8 東経:136.26.44.2
日本測地系(カーナビ) 北緯:35.43.13.5 東経:136.26.54.7
マップコード:879 188 414*18
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